日々これ好日

”沈黙博物館”小川洋子

博物館技師である「僕」が、”形見”の博物館を作るためある老婆に雇われる。形見たちは、死んだ人からこっそりと収集されたもの。「僕」は博物館を作るため、老婆の娘である「少女」と一緒に収集物の記録、補修や博物館のレイアウトをするのだが、それだけではなく、人が死ぬと収集品を見つけなければならない。
庭師と家政婦沈黙の伝道師など、すべての登場人物に名前はなく、地名もいっさい出てこない。
「僕」の母の形見として「アンネの日記」が出てくる。この日記はまさにアンネの「形見」だ。
誰かが生きていたり、物が存在していたという記録を大切に残し、保管し、伝えて行くのはとても大事だ。
ジョルジオ・アガンベンという人が書いた”アウシュヴィッツの残りのもの”という本の中には、”イスラム教徒”とよばれる状態になってしまう人の事が書いてある。本当のアウシュヴィッツを見た人たちだ。でも幽霊のようになってしまっていた彼らの形見はない。もしかしたら使っていたスプーンとか靴の片方とかはどこかの博物館に残っているのかもしれないけど。本当に何を見たのかは残らない。本や、映画やいろんなものを見てもアウシュヴィッツで起きた事がいつもオブラートに包まれているように感じるのはそのせいなのかもしれない。だからこそ、沈黙美術館で、ひとつひとつ、老婆が「僕」に「形見」の物語を語るのはとても大切な事に思えた。
彼女の小説はどうしていつもこんなにひんやりしてるんだろう。彼女の小説ひとつひとつが老婆の語った「形見」の物語であるかのように感じる。30℃近くある部屋で読んでいてもひんやりとする。この冷たさは、ぬくもりを失った「形見」から来ているのだろうか。
[PR]
by lerot11 | 2005-09-18 10:24 | 読書メモ