日々これ好日

NICUのこと

NICUから退院して既に2ヶ月近く経った。何から書いていいか分からないくらいいろんなことがあったけど、忘れないうちにNICUのことを書いておこうと思う。

e0052044_7145165.jpgNICUではミルク、おむつ替えなどのスケジュールは3時間ごとで一人の看護士さんがたいてい2、3人の赤ちゃんを担当していた。NICUはいくつかの部屋に分かれていて状態が良くなると部屋を移動することになる。それぞれの赤ちゃんにいろんなモニターやらがついていて常時どこかでピーピーと音がしている。
私が退院した後は搾乳した母乳を持って一日3回(時には4回)会いに行った。会いに行ってすることは、検温、おへその消毒(へその緒がとれるまで)、おむつ替え、授乳。最初の数日は黄疸になったりしてチューブでミルクを飲んでいた。そのチューブは看護士さんが口から胃まで差し込むのだけれどそれがなんだか痛そうで見るのが辛かった(これが後半には鼻からチューブを入れられてテープで固定されていた)。黄疸の間は紫外線のライトをずっと当てられていた。目の回りにはサングラスみたいな形をしたマスクがつけられていてなんだか日焼けサロンにでもいるみたいな感じだった。
黄疸がおさまると授乳トレーニングの開始。Occupational Therapistなる女性が、どんなふうに授乳したらよいのかを入院中何回か指導してくれた。とりあえずミルクの量を増やすためにReglanという薬を処方してもらう。2500グラムを超えていても6週間も早く生まれてしまったのでおっぱいを吸うということを身につけていなかったためなかなか大変。ちょっと吸って休んでの繰り返しですぐに眠ってしまう。時々授乳前後で体重を量った。数グラムしか増えてなかったときはほんとに落ち込んだ。ミルクそのものは欲しがる以上に出ているけど吸うのが下手なのでブレストシールドを使うように言われた。正直なところ直に吸うのよりもうまくできているのかどうかは疑問だったけど(退院後も使うように言われたけど使わなかった)。
担当する看護士さんは毎回違ってやりかたも少しずつ違う。ミルクが大分飲めるようになった頃、ある看護士さんに、明日から実際に家にいるみたいに飲みたいときに飲ませるようにするね、と言われていたのに翌日行くと別の看護婦さんから今まで通りの3時間置きだと言われたり。でも看護士さんのなかには母乳指導のスペシャリストだったりするひとも何人かいていろんなアドバイスがもらえたり質問も気楽にできたおかげで退院後はそれほど戸惑うこともなかったのでとても良かった。
退院までにいくつかのテストがある。まずはカーシートテスト。8時間カーシートに乗せてモニターで心拍数などをチェック。問題なければ次のテストである呼吸などのチェック。これも8時間。うちの場合はこのテストが何らかの理由で中断してしまった。看護士さんがPCの使い方を良くわかっていなかったのか理由は分からないけど3時間ほどしか記録がとれていなくてまたやり直し。これをクリアすると退院となる。
NICU通いの頃は、予定日の頃までには退院することができるのは頭では分かっていても、今までにないくらい精神的に辛かった。なんでこんなに早く産んじゃったんだろう、何が原因だったんだろうと自分を責めたり、なかなかうまくいかない授乳のことを悩んだり、看護士さんの、この調子だと週末には退院できるかも、という言葉を信じて期待したらさらに入院がのびてがっかりしたり。精神状態はあんまり良くなかった。そんな時、日本人の知人から、赤ちゃんを面倒みてもらえて楽でいいじゃない、働いてる人が職場で搾乳するのと同じでしょ、と言われた。働いている人は自分の意志で赤ちゃんと離れている訳で、NICUに赤ちゃんを預けなければならないのとは全く違う。同じ状況になったことがなければ多分理解してもらえないんだろう。
NICUにはずっと長くいる赤ちゃんもいれば、数日で退院する赤ちゃんもいる。うちも退院までに何人の赤ちゃんが退院していくのをみただろう。うちよりも遅く入ってきて先に出て行くのをみるのはとても辛かった。でも中には数ヶ月いる赤ちゃんもいて、それはそれでみているのが辛かった。一番最初にいた部屋は一番重症の赤ちゃんがいるところで、その部屋には木の幹のような肌の色をした赤ちゃん達の入った保育器が並んでいた。そのうちの一人のお母さんと顔見知りになって会うと挨拶をしていたのだけれど、彼女は毎日数回会いに来ているようだった。他の子供達も未熟児で生まれたからNICU通いは初めてじゃないと言っていた。彼女の赤ちゃんはとても小さくて授乳もだっこもできない状態で面会に来ても見守ることしかできない。保育器には十字架のステッカーが貼られていた。別なお母さんはカンガルーケアをしてにきていた。もう一人時々挨拶していたのは三つ子のお母さん。遠くから来ていたらしくて夜だけの面会らしかった。みんな本当に大変そうだった。
いよいよ退院できるという日の夕方、授乳の後、看護士さんから、あったかいご飯はなかなか食べられなくなるからレストランにでもいってらっしゃい、と言われて和食を食べに行った。二人っきりで外食なんてきっとしばらくできないねえ、などといいながらつれて帰ることにわくわくしていたのだけれど、もどったら看護士さんから無理だと言われた。呼吸の問題があるから一晩様子をみることになった。最終的には翌日午後遅くに退院することができた。ただし呼吸と心拍数のモニターを家でも使わなくてはならなかった(今もまだ使っている)。退院前にモニターの会社の人が来て一通り説明をうける。ドクターからの指示で心拍数が80以下になったときと、呼吸が20秒なかった場合にアラームが鳴るように設定されている。赤ちゃんの退院でわくわくしてるか聞かれても、モニター付きということで気分は沈んでいた。その後看護士さんから退院後のことをいろいろと指示され、私の退院のときと同じくボランティアの人に車いすを押してもらって退院。先に病院を出て待っていた旦那の車に流れていたのはモーツアルトのレクイエム。偶然だろうけど何もこんなときに…、と複雑な心境になる。感情がジェットコースターみたいだったNICU通いだった。



あと数日で退院という時、こともあろうに私がStomach Fluにかかってしまった。原因はなんだかわからないのだけれど、私は多分Trader Joe'sで買ったベーグルがやばかったんじゃないかと思っている。食べた日の夜中から嘔吐と下痢で翌日は丸一日NICUには行けなかった。その日の夜はCPRのクラスがあって旦那だけが参加する事になってしまった。翌日の夜もあんまり具合が悪いのでERに行った。ドラマみたいな感じかなと具合が悪いのにちょっと楽しみだったりもした。旦那はロビーまで来たけれど、NICUへ行ってしまい一人だった。まずTriageで症状、体重、血圧、身長、手術の経歴などを聞かれる。その後はベッドがあくまでロビーで待つ。ベッドがあくと呼ばれて例のあまりにも着慣れてしまった入院服に着替えてドクターを待った。その間に事務の人から$100を支払うように言われる。ドクターが来て、症状、同じ病院で入院、出産、子供はNICUにいる事などを伝える。またまた点滴をされ、便のサンプルを出すように言われる。点滴をしている最中に旦那がNICUから戻ってくる。ドクターと話しをしたけれど結局原因はわからず。薬の話しをしていたときに下痢止めとReglanを出すと言われた。最初に聞いたときは聞き違いかと思ったのだけれどあの母乳の量を増やすためのReglanと同じ薬のようだ。最後に受け取った薬の説明を読むと、Reglanは便を柔らかくする効果があるとあった(下痢止めを飲んで便を柔らかくする薬を飲ませるってどういうこと?)。
結局、便のサンプルの分析と点滴が終わるまでERにいた。退院後はドラッグストアで下痢止めとReglanを購入し帰宅。夜中の1時を過ぎていた。
このあと数日間NICUには行く事が出来なかった。体重も妊娠前の体重+2キロぐらいまで落ちた(母乳のためにたくさん食べていたらまたすぐに増えてしまったけど)これって大殺界とか厄年とかそういことと関係があるんだろうか、と本気で悩んでしまった出来事だった。
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by lerot11 | 2007-12-07 07:53 | 赤ちゃんとの日々